書店でこんな本を見つけた。 ここにはこう書いてある。
般若心経の正式名は般若波羅蜜多心経。 般若はもともとインドのサンスクリット語「プラジュニャー」 の俗語であるパーリ語「パンニャー」を漢訳したもの。 すべてを超越して知れるもの、目覚めたる、悟れる人の知恵。 ことがらの真相を見抜くことが出来る知恵。とされる。 漢字で訳せないこの意味を漢字の音で表した。 波羅蜜多も同じく、サンスクリット語「パーラミター」を 漢音で当てたもので、完成、究極、仏陀となることを意味する。 般若波羅蜜多心経とは悟りに到達して仏陀となるための知恵 であり、心経はその教えの要を書いた経典という意味である。
1164年、平清盛は厳島神社に33巻の経を奉納した。 法華経28巻、無量義経、観普賢経、阿弥陀経、般若心経、願文。 写経をすることは功徳であるという伝統は、平安時代の 貴族が法華三部経を写したことから始まった。 阿弥陀経はサンスクリット語では「極楽の荘厳」あるいは 「幸あるところの美しい風景」を意味する経典である。 貴族が夢見る世界を描いたものであった。
この頃から般若心経を写すこと、唱えることが、 功徳(くどく)があるという考えで、武士に広まっていった。 平安末期には「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」という 仏の名号やお題目を唱えるだけで功徳があり、 唱える人を守護してくれるものと信じられた。
すなわち、これらを庶民に広げたのは 平清盛による平家納経がきっかけだったのである。
とはいえ、うちの家系は浄土真宗であり、 般若心経を唱えていないが、別に宗教に陶酔する訳でもない。 筆の練習としてお手本が多いから使っているだけです。 |
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